被虐者の愛【秋澤優】

被虐者の愛【秋澤優】
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こんばんは。秋澤優です。

お久しぶりです。最近ジメジメした日が続きますね。さて、今回は虐待体験談を交えたコラムのようなものです。

 

僕は聴覚障害者ですが、現代の補聴器やその周辺機器の発展のおかげで音楽を聴くことができます。僕が好きなアーティストの歌の中には、虐待を唄った歌もあります。高橋優さんの「こどものうた」ではセクハラ先生や暴力ママについて歌っています。amazarashiの「自虐家のアリー」では虐待されている子どもが主人公です。彼女は最後、「あの海とひとつに」なってしまったようです。これには様々な解釈がありますが。

 

その2曲も僕は好きです。ですが、虐待に関することで一番ハッとさせられた歌は平井堅さんの「桔梗が丘」です。平井堅さんが、母から子に宛てた歌という意味で唄っているそうです。でも僕は、それに気がつけませんでした。その解説を読むまで、桔梗が丘は子から母に宛てたものだと思い込んでいました。

 

「ただいまの声が小さい時は〜」は、母が家に帰ってきた時に何かショックなことがあり、疲れているからそうなったのだと思いました。だから優しく「おかえり」と言うものだと。母の機嫌が悪いならば、尽くさねばならないと思っていました。自分は大人として、親として母を守らなくてはいけないという使命感がありました。

 

「あなたが何かに傷ついた時〜」では、母が傷ついた時に母と代わってあげられないことが歯がゆく、けれどそれを母が乗り越えたら良いな、と。そのためなら僕は何だってすると思いました。「その瞳に映るもの全てに〜」でも、同じです。母とずっと一緒に居られないことが申し訳ないという気持ちです。

 

「冷たい雨が 頬切る風が あなたの心を砕くかもしれない〜」でも、母が家の外で傷ついた時のために母が帰ってくる家をしっかり温めなければならないと思いました。

 

「鍵をかけたドア越しに〜」では、母が荒れてトイレに鍵をかけて閉じこもって、泣きながら床を殴っていた夜のことを思い出しました。それなのに自分には何もできないという無力感も。

 

「正直言うと私だって胸を張れるような大人じゃなくて 声を上げて苛立ちをぶつける夜もあった 本当にごめんね」では、自分がちゃんとした大人になれず、母を病気にさせてしまったこと(本当は僕が生まれる前から病気でしたが)や、その病状を悪化させてしまったこと、自らの保身のためだけに母から逃げてしまったことに対する罪悪感がありました。だから、「本当にごめんね」と。許してとは言わないから殺して欲しいと思います。

 

「いつかあなたが扉を開けて 自分の空を羽ばたく日が来ても〜」では、母が再婚し、県外に引っ越す=自分の空を羽ばたく日が来たことを思っていました。そして、もし再婚相手と上手くやれなくなって傷ついた時のためにここを温めなくてはならないと。

 

 

昨年8月に一人で平井堅ゆかりの地を巡りました。その町を歩きながら、ずっと桔梗が丘を口ずさんでいました。平井堅さんのお母様にもたまたまお会いできました。その過程で僕は気がついたのです。桔梗が丘は、子から母に宛てたものではないということに。その反対だということに。けれど、それに自信がなかったのでネットの解釈を読み漁りました。平井堅さん自身の記事も読みました。どこにも子から母に宛てたものだとは書いてありませんでした。母から子に宛てたものだということしかなかったのです。

その時の衝撃は本当に大きかったです。僕は母に尽くせず、母を守れず、母を幸せにできず、母から逃げてしまったという罪悪感がずっとあります。けれど、「世間一般」では寧ろその逆なのではないかと知りました。僕自身が「胸を張れるような大人」になれなかったという罪悪感を抱く必要はなく、寧ろ母の方が「胸を張れるような大人」になれなくて「本当にごめんね」と思う必要があったのだと。

 

桔梗が丘に対する自分の解釈がいかに歪んだものだったか。虐待は人の感覚や気持ちさえも歪ませ、壊すのだと僕は思います。僕は未だに母に対する罪悪感がありますし、本当に許してもらえなくて構わないから残酷な方法で殺してください、と思います。十数年前に母の親友が配偶者にそうされたように、僕もまた母に四肢を切断されて山に棄てられるべきだと思います。(事件名は個人の特定に繋がるので伏せますが、当時全国ニュースで話題になり、今でも記事がネット上に残っています。僕も当時のことは少し覚えています) 僕はゴミだから。人間でもないし、犬でもないから。クズだから殺されるべきだと思います。

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そんなことはないんだよ、あなたは人間だよ、と最近になって多くの人が言ってくれるようになりました。ここ2年間、でしょうか。僕には到底信じられません。母からも愛されず、最終的には逃げてしまったからクズだと思います。

 

……僕は幼少期に、母たちからアトピーの患部に「こうすれば悪いところが治るから」と言われ、体を押さえつけられて熱湯をかけられました。そして幾度となく平手で腕を叩かれました。医学に基づいていない、成分も書かれていない強力な薬を塗られました。だから僕の腕はいつも赤く、血が出たままでした。血がこびりついていて、取れませんでした。今でもそこは黒く、皮膚の表面が変形しています。あまりにもグロテスクなので流石に写真を載せることもできません。それくらい酷い痕が残っています。それらの記憶は鮮明に残っていたのですが、最近までそれは当たり前だと信じていたために、特に誰かに言うこともありませんでした。熱湯をかけられることは服を着るより当たり前のことでしたから。「私は服を着ています」と言う人はそうそう居ないでしょう。今思えばそれは立派な身体的虐待でした。

 

熱湯をかけられ、平手で叩かれ、変な薬を塗られるのは全て自分が悪いと思いました。自分が人間ではなく、犬ですらなく、「ちゃんとした大人」になれなかったからそういった仕打ちを受けるものだと信じていました。

 

少し話が逸れてしまってすみません。

 

いつか、桔梗が丘を「子から母に宛てたもの」ではなく「母から子に宛てたもの」として聴けるようになる日が来るのでしょうか。今の僕には分かりません。けれど、ここを終わりにしたくはありません。

 

いつか、「あの頃は大変だったな」と笑いながら懐かしむことができる日が来るのでしょうか。

 

そんなことを考えます。

では、また。

この記事の投稿者

秋澤優
秋澤優ライター
6歳~ 両親/親戚/指導員/教員等から心理的虐待/性的虐待/身体的虐待を受けてきました。

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