責任は何処に【秋澤優】

責任は何処に【秋澤優】
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こんにちは。秋澤優です。

最近も安定の情緒不安定です。平常運転です。「死にたい」で頭が満たされているのもよくあることです。

さて今回は虐待体験そのものよりも、それを取り巻く問題や環境についてお話ししようと思います。

僕が、自分は虐待を受けていたのではないかと自覚したのは比較的遅かったのかもしれません。あれは忘れもしない2年前のこの時期、6月18日のことです。木曜日だったと思います。昼間の12時半。当時通っていた高校の保健室でのことです。あの頃の僕は同級生が自殺した直後だったこともあり、かなり不安定でした。そのため、授業を集中して受けることも出来なかったので保健室に駆け込んだのです。気が滅入っていたからか、以前の悲しかったことや怖かったことが泉のように溢れ出しました。養護教諭は初め、しっかり聞いていてくださりました。ですが、僕が話せば話すほど悲しげな表情になり、しまいには泣いてしまったのです。養護教諭としてそれはどうなのか?プロとして、大人として、どうなのか?というものもあるかもしれませんが、今回は割愛します。とにかく僕はあの日あの時、養護教諭が自分の話を聞いて泣き出したことがきっかけで、もしかしたら自分は目の前のこの人を泣かせるほどの酷い経験をしたのではないか? ……そしてそれは虐待だったのではないか?という結論に至ったのです。
2年前、同級生の自殺をきっかけに僕はどんどん不安定になり、面白いくらいに坂道を転げ落ちました。その18日の虐待だったのではないか?と気がついたことも、尖端恐怖が悪化したこともその不安定が原因でしょう。

そして僕は間も無く尖端恐怖が悪化したあまりに日常生活が送れなくなり、不登校になりました。そちらも今回は省きます。またそのうちお話しすると思います。

それからのことを簡潔にまとめますと、休学、留年を経て退学しました。実に2年間。僕は未だ働けず、学校にも行けず、療養生活を送っています。

山と海と川に囲まれた自然たっぷりの地元県から、高層ビルが並ぶ都会に行って生活していた人が精神を病んで帰ってきた。地元県の人たちの目にはそのように映っていたのでしょう。僕の血縁者も中学までの教師も殆どが口を揃えて言います。「あなたがこう(精神を病んだ)なったのは、高校のせいだ」と。果たしてそれは正しいのでしょうか。僕は違うと思います。そう、声高に表明したいくらいです。

確かに僕は大切な人の自殺がきっかけで本格的に精神のバランスを崩しました。それは事実かもしれません。

ですが、僕は2歳の時には既に空虚で死にたくてたまりませんでした。そこに虐待や知人の殺人事件、別離、自分の障害等の様々な要因が加わりました。小学生の頃の連絡帳にはこのような言葉が多く書いてあります。「眠れていない」「情緒不安定」「気になる子」「いきなり泣き出して、何時間も泣き止まない」「変なことに怯える」などなど。そして頻繁に「原因不明」の腹痛や頭痛、嘔吐、下痢、耳鳴り、目眩に苦しめられました。数え切れないほど病院に行き、精密検査を受けましたが、全て原因不明でした。幻聴や幻視は6歳の時からずっとあります。中学の時のことは少し覚えていますが、毎晩毎晩涙を流しながら身体中を震わせ「死にたい」と日記に書き殴りました。僕の精神は既に壊れ、限界を迎えていたのだと思います。大人に相談したこともあります。あるはずのない音が聴こえること、涙が止まらないこと、様々なことを。

また、ごく一部の「まともそうな」大人には教師から怒鳴り散らされていること、Sから人格否定の言葉を浴びせられること、生徒から殴られること等を相談したこともあります。でも、誰も何も変えてくれなかった。助けてくれなかった。口頭で厳重注意をしたことはあるそうです。でも、何も変わらなかった。何故。どうして。悲鳴、怒鳴り声、泣き声が響き渡る校舎。誰かが誰かを追いかけ回す校舎。どこが正常ですか。どこがまともですか。……どこが学校なのでしょうか。

怒鳴り散らされている時、他の教師も当然見ていました。殴られている時、他の教師も当然見ていました。同級生が同級生に首を絞められている時、他の教師も当然見ていました。なのに、誰一人それを止めなかった。

大勢の生徒から訴えがあっても「自分は見ていないから分からない」としか言わなかったです。どうしてですか。視覚にも聴覚にも障害がある僕でさえ聴こえます。見えます。分かります。怒鳴り声が遠くの教室から聴こえてくることも。

それだけ酷い状況で「見ていなかったから」と言えるのでしょうか。ならば、監視カメラや録音機器を取り付ければ良かったのではないでしょうか。無論、言ったこともあります。本当にこの教師は怒鳴り散らしているから、隠しカメラでも取り付けて見て欲しいと。実行などしてもらえませんでしたが。

僕はあの人たちを本当は責めたくないのです。怒鳴り散らさず、殴らないだけでも僕にとっては貴重な人だったから。でも……あれだけ酷い状況であったにも関わらず、誰一人本気で変えようとしてくれなかった。誰一人僕等生徒をかばってくれなかった。それは事実です。挙げ句の果てに僕の精神が崩れたのを高校のせいにする。やめていただきたい。高校が全て悪いのではないのだから。僕の元々の気質、中学までの日々がこの問題のおおよそを占めているのですから。

それに、高校に入って分かりましたが、殴ることや怒鳴り散らすことをしないのは当たり前のことでした。僕は何一つ知らなかった。僕は殴られて、怒鳴り散らされて当然の存在だと思っていました。今でもその考えは消えません。いつだったか高校の教師たちに「何故先生は殴らないのですか?怒鳴り散らさないのですか?生徒の悪口を言わないのですか?」と問い詰めたこともあります。それくらい、僕にとって暴力や暴言は当たり前のものだったのです。でも高校の先生方は僕のその側から見たらトンチンカンな質問にも丁寧に答えてくださりました。感情だけで怒鳴り散らすことなど一度もありませんでした。誰も僕を殴りませんでした。それどころかとても優しく、言い方は大袈裟かもしれませんが、全員が天使で頭に天使の輪があるのではないかと真面目に考えるほどでした。2年前のこの時期、僕は酷い悪夢が3ヶ月続き、三大欲求全てがそれまで以上に狂いました。幻聴や幻視も悪化し、中間試験の最中でさえ問題用紙に赤色灯や教師の顔の歪みが見え、怒鳴り声やサイレンの音が頭の中で鳴り響いていました。当然成績も低下し、授業にはとてもではありませんが集中出来ませんでした。それを見た教師の多くが「秋澤さんは疲れているのではないか」と心配してくださりました。それに留まらず、何か疲れる原因があるのではないか、カウンセリングでそれも相談して欲しい、私(先生)にも相談して欲しい、一人で抱え込まないで欲しいとまでおっしゃってくださったのです。……それが、たまらなく嬉しかったのです。そこまで心配してくださる人なんて、過去には居なかったから。

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地元県の人たちの殆どは僕のこの状態を高校のせいにしています。ですが、前述の通り僕は違うと思うのです。あそこまで良くしてくださった高校を悪く言われるのが本当に辛いです。寧ろあなた方が守ってくれなかったのに。変えてくれなかったのに。

他の生徒が今どうしているかは分かりません。自分を殴ってきたような人たちと関わりたいとも思いません。二度と会いたくないとさえ思います。今どこに居るのか、何をしているのかも何一つ知りません。でも学校時代に精神を病んでしまった人は他にも居ました。今も居るのかもしれません。

僕が死にたいほど苦しんでいたこと。連日の暴言暴力。それを伝え、助けを求めたにも関わらず何一つ変えてくれなかった人たち。挙げ句の果てに高校のせいにする。

今もし、当時の教師たちに会うことがあったなら、僕は感情的になって責めてしまうかもしれない。確かに責任はあると思います。それも重大な。でも僕は責めたくないのです。どうしても責めたくないのです。直接「何故あの時助けてくれなかったのですか」などと言って傷つけてしまいたくないのです。僕は誰よりも何よりも自分自身を恐れています。この虐待.jpのことを知っている教師が居ることも分かっています。心苦しいけれど、直接言えなくてもせめてここに書き残したいのです。ごめんなさい。責めてしまって、人のせいにしてしまって、ごめんなさい。

直接責めたところで僕はこれまで以上に自分を責めて、罪悪感が増すだけだと思います。正直、仮に謝られたところで僕の心も萎縮しているであろう脳も子ども時代も人生そのものも何一つ返ってきません。だからせめて、この2年間の医療関係費とこれから寛解するまでの医療関係費を払って欲しいだけです。訴訟を起こせば特に一番酷かった数学教師などからは幾ばくかの金銭をもらうことが出来るのかもしれません。ですが、僕には訴訟を起こすだけの経済力も気力もありません。精神科には10〜14日に一度くらいの頻度で通っていますが、なにぶん遠方にあるため、一度で2万近くの金がかかります。新幹線など使えません。電車で往復8時間かけて東京まで行っています。僕の精神疾患を診てくれる精神科は全国でひとつしか見つからなかったからです。
更に恐ろしい話をしますと、その一番酷かった数学教師は今副校長だか何かになっています。年齢やその立場を考慮すると、年収は千万前後あるのではないでしょうか。その一割でも良いから僕にください、なんて言えたら苦労はしませんが。
僕は今迄に色々な分野の勉強をしてきました。色々なものを見て、考えてきました。何をしても最後に行き着くのは「自分が死んでしまうのが一番手っ取り早く合理的だ」という結論でした。それなのに今日も死ぬことは出来ず、生き長らえています。生きていることに対して罪悪感しかありません。

申し訳ありません。毎度毎度不安定です。特に明日は同級生が自殺してから2年で、そのことばかり考えています。今日は彼の好きな炭酸ジュースでも買ってこようと思います。そして、いつもより少しばかり多くの花も。

この虐待.jpはもう半年近く書き続けています。この記事で何本目になるでしょうか。9本目くらいかと思います。虐待.jpを通して知り合った他のライターさんとの交流もあります。電話で相談に乗ってもらうこともあります。

虐待.jpがいつまで続けられるのかは分かりません。どれだけの人が読んでくださっているのか。Twitterとは違ってコメントやいいねのような反応がなく、正直不安になることもあります。評価されたいというよりは、誰か読んでくださっているのだろうかという不安です。まるでメッセージボトルを大海に流し続けているかのような心持ちです。もしよろしければ、「虐待.jp読んでいるよ」の一言だけでもいただけると嬉しいな、なんて……(笑)。

それては今回はここまでとさせていただきます。

この記事の投稿者

秋澤優
秋澤優ライター
6歳~ 両親/親戚/指導員/教員等から心理的虐待/性的虐待/身体的虐待を受けてきました。
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