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Sたちの虐待【秋澤優】

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お久しぶりです。秋澤優です。

最近は割合安定しているので、かなり間が空いてしまいましたが、虐待体験談の続きを書かせていただきます。

僕は両親が離婚してから約3ヶ月間の記憶が全くありません。「あのこと」(これは後に語るかもしれませんが今は詳細を伏せさせていただきます)をきっかけに色々なことがフラッシュバックし、思い出したくもないようなことを沢山思い出しました。それでも、その3ヶ月間のことだけは全く思い出すことが出来ません。保育園を出る直前に離婚したので、卒園式や入学式もあった筈です。新しいランドセルを買ってもらい、勉強を教えられ始めたとても大切な時だった筈なのに。

僕が、もう既にしなくなっていた夜尿を頻繁にするようになり、自分で自分の長かった髪の毛をハサミで切ったということだけは周囲の人から聞き、知りました。数える程しかない過去の写真を見ると、成る程確かに髪の毛がとてもボサボサでギザギザになっています。……僕があの時、本当に切りたかったのは髪の毛なんかではなかったと思います。僕は保育園の時既に「死にたい」という感情を抱いていましたし、幼いなりにどうやって死ぬことが出来るのかを延々と調べ、考え、実行しようとしていました。それを考慮すると、きっと切りたかったのは髪の毛ではなく……自分自身の身体全てや心だったのではないでしょうか。

さて、前置きが長くなってしまいすみません。2人が離婚して約3ヶ月経った母の日‪─ちょうどこのくらいの時期ですね。12年前です。Sに再会しました。その後Sに関することで父からの虐待があったというのは今年1月頃に書いたと思うのですが、Sやその周りの人からの虐待もありました。主にSの母、元恋人、そしてSでした。身体的虐待はなく、ただ心理的虐待だけでした。

あの人たちは、まだ6歳だった僕に繰り返しこう言いました。

「お前はSの面倒を見ろ」「Sは子どもだ。お前は大人だ」「Sが自殺したらあんたのせいだ」「Sが心の病気なのはあんたのせいだ」「あんたが全部悪い」「あんたは怒るな。泣くな。笑うな」「感情を持つな」‪

────‬と。正直、18歳の僕がそういったことを言われたら辛いと思います。いや、とてもじゃないけれど耐えられないでしょう。18歳の僕でさえそうなのですから、6歳の僕は、今の僕には想像出来ないくらいの苦しみや辛さを背負っていたのではないでしょうか。それでも、「感情を持つな」「怒るな」「泣くな」と言われていたせいで傷つくことさえ出来ませんでした。ただただ感情を麻痺させ、傷ついてないことにして、その日その日を生き延びようと必死でした。そのせいで感情も、そして表情も何もかもを僕は完全に失いました。笑い方が分からない。泣き方が分からない。怒り方が分からない。ただ、適当に「こうだろう」と思うものを時と場合に応じて無理矢理やるようにはしていました。学校では完全に無感情、無表情でしたから「お前は感情がない。ロボットだ。人間らしくない。人間じゃないだろ」と周りの子どもはおろか、教師にさえ言われる始末でした。でもそれらの言葉に傷つくことさえ許されてはいなかったのです。本当に、辛かったと思います。毎日毎日死ぬことばかり考え、台所にある包丁を手に取り自分の心臓に刺そうとしたり、高いところから飛び降りようとしたり。それなのに、何故こんなに死にたいのかさえよく分からず。ただただ死にたいだけでした。

僕は、思います。あの頃の幼い自分を思いっきり抱きしめてやりたいと。「大丈夫だよ、僕はあなたの味方だよ、あなたのことが大好きだよ。あなたは独りじゃないんだよ。誰もあなたを否定する権利はない。あなたは笑って泣いて怒って生きる権利がある。あなたは人間だから。感情も、表情も、あなたは持って良い。いや、良いも悪いもない。許すも許さないもない。それはあなたが生物であり、人間である以上当然のことなんだよ」と、温かく優しい声をかけてやりたいです。そして、周りの攻撃してくる人たちから守ってやりたいです。某子ども向けアニメの主人公の世界最弱と言われるヒーローよりも弱いかもしれない。それでも、守ってやりたいです。過去の自分自身を守ることは、狭義でのヒーローになり得ると思います。

僕は地域猫の「くろにゃん」によく「くろにゃんはとても素敵な子だよ。頑張ってるね。大変で辛いよね。僕はくろにゃんがもし頑張れなくなっても、くろにゃんのこと嫌いになんかならないよ。僕はくろにゃんがくろにゃんだから好きなんだよ。くろにゃんが大切なんだよ。もし世界中がくろにゃんを攻撃したとしても、僕はくろにゃんの味方だよ。弱いかもしれないけど、くろにゃんを全力で守れるように頑張るよ」などと話しかけます。

僕は、知っています。自分がくろにゃんにかける言葉は全て、僕自身が誰かに言って欲しい言葉、言って欲しかった言葉なのだと。でも僕の子ども時代は二度と返ってきません。僕にはそうやって温かく包み込んでくれる大きな存在などありません。僕が渇望しているもの、それはきっと世間が「母」と呼んでいるものなのかもしれません。僕に母は居ないです。僕には、安定した基盤などありません。

それでも、僕は確かに今日、今この瞬間を生きています。その事実は揺るぎのないものです。だからこそ、僕は新しい今を積み重ねていきたいです。‪──僕は人の冷たさや醜さばかり見せつけられてきました。人に裏切られるばかりで、信じることを誰にも教えてもらえず、疑うことしか教えられませんでした。それでも、僕は人を信じることを諦めたくないです。馬鹿みたいに裏切られ、馬鹿みたいに傷つけられ、それでも尚、馬鹿みたいに人を信じてみたいのです。人を信じることを諦めたら、哀しいと思うからです。僕にとって、人を信じることこそがこの世界との最後の絆のようなものだと思っています。それに、僕がたまたま約16年の間善い人に恵まれなかっただけであって、実際はそこまで酷いものではないのではないかと思います。確かに人の温みはあると思います。それが例え刹那のものであろうと、僕はそれに縋っていたいです。その刹那のほんの僅かの温みが、冷たい夜に僕の心を温めてくれるから。

……あれ? 何だか話が逸れてしまいましたね。すみません。今回は、Sたちからの心理的虐待とそれに伴う僕自身の気持ちについて語らせていただきました。とか言って最後を綺麗にまとめようとしております(笑)。

それでは、今回はここまでとさせていただきます。

この記事の投稿者

秋澤優
秋澤優ライター
6歳~ 両親/親戚/指導員/教員等から心理的虐待/性的虐待/身体的虐待を受けてきました。
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