心療内科難民【秋澤優】

心療内科難民【秋澤優】
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お久しぶりです。秋澤優です。かなり間が開いてしまって申し訳ないです。今回は虐待体験談ではなく、ここ最近の間に起きたことについて、お話しします。

 

まず、昨年末のことです。

 

うつでずっと寝込んでいました。診断書はないのですが、口頭で「うつ」と言われています。

 

それは年が明けてもあまり変わりませんでした。食欲も殆どなく、ただただずっと横たわっていました。立っていることも、いや、座っていることも、いや、起きていることも、いや、息をすることも、辛い。突き詰めれば、生きていることが辛い。そんな状態でした。

 

うつが悪化した原因は分かっています。

 

年末には親戚にSと絶縁したことについて酷く責められました。

 

年始の親戚での新年会では身体障害者であることを理由に、3時間〜4時間、ずっと無視されていました。父もまた、僕の本当の状況を隠し、「3月には高校を卒業する」等と親戚に言い、精神疾患のことも何もかも隠し、嘘をつきました。

 

また、誕生日が1月でした。僕は誕生日が本当に苦手です。理由としてはやはり、自分の人生について否応無しに考えさせられてしまうことと、これは後々お話しするかもしれませんが、大切な同級生を以前、自死で喪ったため、歳をとるということはつまり、彼が亡くなった年齢から離れてしまうことだと思うからです。

 

その誕生日が終わり、ようやく一息つけるかと思ったら今度は父から「心臓の病気になり、手術が必要になった」と言われました。その原因はお前にある、とも。

 

そして一日中泣く日々が続きました。幻聴や幻視も酷く、強い自殺願望にも襲われました。フラッシュバック、パニック発作が何時間も続きました。冗談抜きで、僕はこのまま死ぬのではないか‪……と思いました。

 

2月上旬。Sと絶縁した日。もう限界でした。その日たまたま心療内科の予約を入れていたので、殆どそのまま家に帰らず、死ぬつもりで心療内科に行き、そのことを全て話そうとしたら、パニック発作を起こしました。カウンセラーの前で、主治医の前で。「今はジェンダー(性別)のことではなく、複雑性PTSDの治療を優先して下さい」「〇〇病院(僕の地元で、転院先として考えていたところ)に転院して下さい」そう言われ、1ヶ月分、つまり心療内科で処方できる最長期間分の薬を処方され、紹介状をもらいました。

 

もう、死のうと思いました。本当に、無理だ、と。生きるのが無理だ、と。自殺した彼の居る世界に、逝こう、と。

 

でも、やめました。

好きな場所で、大切な人たちの、温もりを感じられたから。僕の地域の地域猫‪─くろにゃん、と呼んでいます。そのくろにゃんを、ひとりにさせたくない。そう強く思ったから。

 

それでも、「父に殺される」という考えが頭を支配し、自力で家に帰れなくなってしまい、電車で往復8時間もかかるようなところに父を呼び出し、迎えに来させるような形になってしまいました。具体的なことはここでは申し訳ないですが、伏せさせていただきます。

 

地元に帰り、抜け殻のように過ごしていました。がらんどう、その言葉がぴったりと当てはまるような状態でした。

 

地元の〇〇病院には、「自力で帰れなくなると困る」という理由で診察拒否されました。

 

薬は、どんどん減っていきました。転院する予定だった心療内科は、PTSDを専門的に見ていることで有名な心療内科でしたから、尚更ショックでした。

 

勝手に「心療内科難民」などという言葉を造ってしまったほどです。

 

どんどん堕ちていくように感じました。

 

地元にはもう、頼れるような病院はなかったです。でも遠方の病院は、父に「自力で帰れなくなると困るから」と禁止されました。

 

インターネットで散々調べました。どうしたら良いのか。どの病院なら複雑性PTSDを診てくれるのか。結局、遠方の病院が1箇所見つかっただけでした。これではどうしようもない、と思いました。それでも、地元でお世話になっている先生(心療内科等とは関係ありません)の力を借り、父を説得し、その遠方の病院に行かせてもらえることになりました。

幸いにして診察拒否もされませんでした。2月下旬、初診がありました。主治医の先生とお話しして、今迄に行ったどの心療内科よりも、自分に合っていると感じました。初診なのに、いきなり薬を急激に減らされたのには驚きましたが、後にそれが自分にとっては正しかったということを知りました。今や1日に1錠しか飲んでいませんが、全く問題がありません。

注・これは専門知識を備えた主治医の判断のもと行われたことですので、個人での減薬・断薬を推奨する意図はありません。

先日初のカウンセリングも受けましたが、非常に革新的で、これから自分がどう変わっていくのか、どう良くなっていくのか、がとても楽しみに思えるほどです。

そして、ここ最近色々と精神的にも不安定だったり、慌しかったりして更新できなかったことを改めてお詫び致します。

この次の更新も、いつ出来るか、正直約束は出来ません……。今は何が何でも治療に専念するべき時期だと思っています。

すみません。でも、いつになるかは分かりませんが、また更新します。よろしくお願い致します。

それでは。

この記事の投稿者

秋澤優
秋澤優ライター
6歳~ 両親/親戚/指導員/教員等から心理的虐待/性的虐待/身体的虐待を受けてきました。
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