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父からの虐待【秋澤優】

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お久しぶりです。

今回は、6歳の時から受けていた父からの虐待についてお話しします。

僕の両親は、この前もお話しした通り僕が6歳になったばかりの頃、Sの自殺未遂が原因で離婚しました。そして父から暴言を浴びせられる日々が続きました。

ところがある日‪─母の日に、父が僕とSを会わせました。後になって理由を聞いたところ、「お前がSに会いたがったからだ」「お前がおかしくなったからだ」と言われました。

今、今なら思えます。これが全ての間違いの始まりだったのだと。でもあの頃の僕はこの世に生を受けてからまだ6年しか経っておらず、殆ど全てのことに於いて無知でした。だから、Sと約3ヶ月ぶりに再会し、泣いて抱き合って喜びました。

それからは2週間に一度、金土日と泊まりで会いました。また、夏休み等の長期休みの平日はずっとSと一緒に居ました。

Sと会った後、僕は必ずと言っていいほど泣きじゃくりました。「ママに会いたい」「ママと離れたくない」「寂しい」と叫びながら。

そうやって泣き叫ぶ6歳の子どもに対して父は「うるさい!黙れ!泣くんじゃない!」「さっきまで会っていただろうが!」等と怒鳴り散らしました。

また、僕が「もうパパとママと3人で一緒に暮らすことは出来ないの?」と聞けば「絶対にない!」と怒られました。そして僕は「せめて、3人で会うことは出来ないの?」と言いましたが「ない!」と怒られました。それからは「せめて、3人で顔を合わせることは出来ないの?」「無理だ!」「3人で食事をとることも?」「駄目だ!」「3人でケーキを食べることも?」「ない!」「3人でケーキを一口食べることも?」「ない!」「3人で一瞬だけ一緒に居ることも?」「ない!」という会話になりました。そして終いには僕が泣き出してしまい、また怒鳴り散らされました。

また、当時Sが好きだと思い込んでいた僕に対して父はSの悪口を散々言いました。「あいつは馬鹿だ」「あいつは頭がおかしい」「あいつと会うんじゃない!」「あいつと関わるとろくなことがない!」「あいつはろくな奴じゃない!」と。

何度も言いますが、僕は当時まだたった6歳の子どもでした。ついこの前まで「パパとママと3人で」暮らしていました。聴覚障害はあれど、それなりに平和に暮らしていました。

それなのに、ある日いきなり離婚し、一生会えないと言われ、ようやく会えたかと思ったら今度はこうやって罵られる日々が続いたのです。

今も父のことを許してはいません。6歳の小さな子どもに平気で怒鳴り散らすその神経が全く理解出来ません。

だから、父の声そのものが実は怖いのです。なるべく聴かないで済む様に補聴器を外していますが、外しているとこれまた怒鳴り散らされ、無理矢理着けさせられます。それでも極力一緒に居ない様に努めています。また、音楽で聴こえにくくしています。

今回はここまでとさせていただきます。

この記事の投稿者

秋澤優
秋澤優ライター
6歳~ 両親/親戚/指導員/教員等から心理的虐待/性的虐待/身体的虐待を受けてきました。
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